2014年7月1日火曜日

女50 花びらの雪

Woman 50 - snow petals http://j.mp/tacw50d
壁一面に咲く、半紙の”花”の文字。花びらに気付いて、顔を上げ、まず頭に浮かんだのは、クラスメイトの数だけ飾られた、書道の後の、そんな教室の光景。
実際に降って来るのは、高い枝を離れた花の、その一片一片。
壁の”花”の一画一画も、左右に揺れながら、舞い落ちてくるよう。
Lounge: 女50 花びらの雪
鉛筆 A4コピー紙 2011-07-17
Pencil on paper. #art #painting
花びらの雪 : snow petals
Flickr URL : http://j.mp/tacw50d
以下の引用は2011-08-10 elpoeptacの日記 - webDICEからの転載
日本語タイトルは、”花びらの雪”。
英語タイトルは、”snow petals”。

花びら部分の表現は、マスキングシートを活用。
ただ、剥がすタイミングが早すぎた。
剥がした後、花びら以外を再描画するなど、
色、明度の相対性をあらためて実感。

作業工程のログはこちら

●次回予告

女51 raindrops : 雨粒。

軒下にて、
その庇と同じ角度で俯いて、
降るのは花びらではなく大粒の雨。
雨粒ひとつひとつに、
映るその姿はさかさま。
手前大きく、遠くは小さく。
雨粒が気を利かせて目元は見える形。

Flickr: elpoeptac Photostream http://bit.ly/lwzMaw

Twitter: Koujirou Tomatsu (elpoeptac_bot) http://bit.ly/j4nMcl

投稿日:2011-08-10 01:54
今見返すと、花びらの影が顔に落ちていないのは、リアリズムの観点からはやや不自然。
肝心の花びら自体の描写も甘い。

2011年07月13日(水) 2 tweets

ソース取得:   
Stop Dessin Timer. 女50。改題 Snow petals : 花びらの雪。見上げる顔を隠すほど、ぼたん雪のように静かに降る花びら。GIMPにて花びらのブラシを作成して、落ちる様を数パターン作成。非現実はNG。遠近法絶対厳守。 #art for #painting
posted at 06:04:18
Start Dessin Timer. 女50。petals : 花びら。雨宿りする軒下から見上げるような。降るのは雨ではなく花びら。風にもがれるのではなくて、はらはらと落ちる。手前大きく、遠くは小さく。構想デッサン。1.5H後Stop予定。 #art for #painting
posted at 04:18:01
ところで、ログに”ぼたん雪のように”とあって、この絵を描いた当時は言及していないが、言葉の連想から、上村松園の日本画に「牡丹雪」という有名な作品があることを思い出した。
子供の頃、父と二人で上野へ行き、上村松園展を観た。本格的な展覧会に触れたのはそれが初めてだった。
ところが、思い出せるのは題名のみで、にわかに絵そのものが浮かんでこない。
展覧会の図録は今も本棚の何処かに在り、上村松園の画集には子供の頃から親しんできたので、「牡丹雪」の印象は頭の書庫にあるはずなのだ。
Giorgione: Sleeping Venus (1510)
Titian: Venus di Urbino (before 1538)
Edouard Manet:  Olympia (1863)
上村松園 「牡丹雪」
学生の頃、美術史の講義で構図の系譜を学んでからというもの、日頃から、模倣をしてその出所を明示しないのは、倫理の上でも、自分の後学の上でも良くないことと認識している。
ジョルジョーネの「裸のヴィーナス」、ティツィアーノの「ウルビノのヴィーナス」、マネの「オランピア」と続く系譜は有名な例だ。
他の例では日本の漫画を取り上げるなどして、スライドを使って系譜を実証してみせた面白い講義だった。
おそらく、どんな分野であれ、唐突に生まれるものなど無い。
自分のこの絵も知らず知らず無意識に「牡丹雪」に影響を受けていたかも知れない。
ブログを書くにあたり、自覚していながら秘匿するのは人の道に反する上、無自覚なのはそれ以前の問題だ。
そこで少しドキドキしながら、「牡丹雪」を改めて観てみた。
しかし泰山鳴動鼠一匹、構図上の関連は全く認められなかった。また降るのは花ではなく、牡丹のような本当の雪だった。
ただ、先に書いたように、唐突に形になるものなど無い。
写真や動画、さらにCGという質量ともに強烈なライバルが登場してからは、美術史における”系譜”という観点が、それまでのような解りやすい、そして説明しやすい明瞭な直線ではなくなっただけだ。今や、決定的な構図の素材は、海のように周りに溢れているが、ネットの類似画像の検索の精度が上がれば、たちどころに模倣が判明する日も来るかもしれない。
自分の作品の場合、多くを語らなければ、それ自体が取るに足りないか、文章が纏まらないか、あるいは、格好をつけて、美術の高尚なイメージを保つ為、敢えてその卑しい出自を隠しているか、そのいずれかだ。
この作品の出自について、少なくとも今言えることは、女性と雪という言葉の連想だ。
その意味において、この絵は、すぐに思い浮かばぬほど構図上の関連は薄いが、「牡丹雪」の影響を受けていると言えなくも無い。
教えてくれた父に対する感謝が混じって、かなり強引ではあるが。

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